スマトクトクの娘の話

昔、スマトクトクと称する者、二人の娘を家に残し、我の帰らざる内は如何なることありとも戸外に出づること勿れと戒めて、畑に赴きたり。されど留守居せし二人は始の内こそ屋内にて遊び居たりしが、遂には一日の長きに退屈し、戸外に出でて鞦韆に乗りて遊びたり。然るに何処よりか一人の男現われて二女を捕えて攫え行けり。斯くて其男家に帰るやひたすら二女を労れど、二女は堅く口を閉じて食物を口にせざれば、彼大いに怒り、汝の如き強情者は世にあらず、生かし置くも用なしとて、先ず一人を弓にて射殺せり。次に今一人の女をもと弓に矢を番えて狙いを定めたりしが、天俄にかき曇り、雲と雲との裂け目より電光ピカリと閃けば、男も手を緩め躊躇う中に「タツキゥ」と称する鳥、矢庭に飛び来りて其娘を攫い再母の許に連れ帰れり。

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親の留守中に悪いヤツが来て、子供が危機に陥る話。「天道さんの金の綱」「虎姑婆」系統ですね。
プユマ族パイワン族等、台湾原住民の事例は下のリンクに既にまとめてあります。







ただこの話型によくある「扉越しの問答」「添寝しつつ子供を食べる」「何を食べているか問われて食べ残した指を差出す」などのモチーフは登場しません。

子供たちがそもそも親の言うことを聞かずに外で遊んでいて、誘拐されたわけですから当然と言えば当然です。
しかし、この話型につきもののモチーフが悉く登場しないということは、そもそも異なる系統の話がたまたま状況設定的に似てしまった、ということなのかもしれません。

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今回の事例の要点は、やはり最終段。
殺されそうになった娘を「タツキゥ」という鳥が救ったという部分でしょう。

この「タツキゥ」鳥ですが、このブログではアミ族の挙天神話「天はなぜ高くなったのか」で活躍する「ダダチウ」鳥と名称が似ています。他の類話では「タチウ」と呼ばれていますから、より近い発音になります。



このアミ族の記事でも書いたのですが、天を高くすることに成功した「タタチウ」鳥が現実ではどのように信仰されているのか?というのが重要だと思います。
例えば台湾原住民によくある、狩猟の吉凶を占う「鳥占」の鳥である、とか。しかしそういう資料はなかったりする。

今回の事例の「タツキゥ」も同じで、『調査報告書』知本社の項目にある「鳥占」には「タツキゥ」の名前がありません。「ヒュードル」「トビ」「トマギシ」「シミリシリオ」という四種の鳥の名前が挙がっています。

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「そんなの現地の人に聞いたら一発でわかるでしょ」という可能性は確かにありますが、一方で既に失伝されている可能性もあります。
神々の名前とかもそうですね。

「台湾原住民の鳥伝承・鳥信仰」みたいな研究があれば良いのですがどうでしょう?

台湾原住民の研究は文化人類学的なものが多いイメージがありますが、民俗学的なテーマ別まとめ的なものがあると比較研究的にも便利な気はしますね。